Voice

2020.6.30

親友に恩返しがしたい。
その思いがぼくを突き動かした

ウザいと思われてもいい。親友がつらいとき、寄り添える自分でありたい。
 心から相手を思い、共に歩む大切さが分かる、水上喜久(36歳)さんの「Myおせっかい」です。

親友のIと出会ったのは16年前。私が親元を離れ、兵庫の大学に入学したばかりの頃でした。彼はお調子者で、遊ぶのが好きで、一緒にいて楽しい人。それだけでなく、「飯食ってないんとちゃう?」と聞いてくれたり、車で買い物に連れて行ってくれて、一人暮らしの私をいつも気遣ってくれました。

岡山で行われた青年部主催の清掃活動やミニ弥勒山セミナーに私が友達を誘って参加するときは、Iはいつも車を出してくれました。一緒に霊友会活動ができたら楽しいだろうなと思って教えを伝えると、「俺はやらないけど、いいことだと思うし、応援する」。そう言ってくれたことで、活動を続けていく励みになったんです。いつも支えてもらって、元気をもらうばかりで、何も返せていない。いつか恩返しがしたいとずっと思っていました。

卒業後、私が関東に戻ってからも連絡を取り合って、遊びに行く関係が続いていました。5年前、Iはお見合い相手とスピード結婚。その3カ月後、何気なく「最近どう?」とLINEすると、思いもよらない返事が返ってきました。

「妊娠している妻の様子がおかしい。離婚するとか言って。今、大変なんだ」。

いてもたってもいられず、彼にすぐ電話しました。「大丈夫か。何ができるか分からないけど、とにかく会いに行く」と伝えて、その週末に彼の自宅がある大阪へ向かったんです。彼のために何か力になりたい。その一心でした。

私が大阪に着いてIと会ったとき、お腹の子どもが亡くなっていたことが分かりました。Iは子どもを助けられなかったと自分を責めて、ひどく落ち込んでいました。もう少し早く来ていれば、何か変わったかもしれない。悔みましたが、何とか2人の離婚だけは食い止めたくて、奥さんに会わせてもらい、話をしました。

奥さんはもともと精神的に不安定だったらしく、妊娠してさらに悪化したそうです。Iも短気なところがあったので、よくケンカになったと聞きました。奥さんに私が学生時代、Iにお世話になったこと、彼が親身になって勉強を教えたおかげで、留年を免(まぬが)れた友だちがいることを話し、「本当にいい奴だから。今はケンカばかりかもしれないけど、彼と一緒ならつらくても乗り越えられるはず」。気づけば夜通し、離婚を思いとどまるよう説得していたんです。Iにも「一緒に子どもの供養をしよう」と、断られてしまったけど、霊友会の話をしました。

奥さんはそのとき「2人で頑張ってみる」と言ってくれましたが、数カ月後、家を出て行き、離婚することに。その上、Iは仕事のことでも悩むようになり、ますます元気をなくしていったんです。そんな彼が心配で仕方がなかった。また以前の明るさを取り戻してほしい一心で定期的に連絡をとり、会いに行くようにしました。

どうしても前に進んでほしくて

昨年4月、Iが1年間、神奈川で研修を受けることになり、以前より頻繁に会えるようになりました。何度か霊友会の話をしようと思いましたが、いつでも会えるからまた今度で、と先延ばしに。そんなある日、一緒に山登りに行ったときのことです。お地蔵さんが描かれた看板を見てIが「行ってみよう」と向かった先に、水子地蔵がありました。黙って見つめているI。「心に押し込めていた記憶がよみがえって、つらかった」。そんな彼の言葉に胸が締め付けられました。一緒に霊友会活動をして、前に進んでほしい。心をこめて、Iに伝えました。そして翌月の「青年部弥勒山大祭」に2人で参加することができたんです。

渋々参加して「お経はあげない」と言っていたIですが、1日目の全体会でしっかりお経をあげていて、びっくりしました。「やっぱりお経をあげて、子どもの供養をせなあかんと思った」と彼。その後も「みんな元気でいいね」「Myおせっかいは大切だと思う」と楽しそうに感想を話してくれました。「21日間の修行をやったら、変わるきっかけがつかめるかもしれない。一緒にやろう」と言うと、「分かった、やってみる」と言ってくれたんです。弥勒山から帰ってすぐに総戒名(そうかいみょう)を納め、Iのもとへ毎日通いました。

お経をあげた後に2人でつどいをすると、「この子のために、何もできなかった」。最初の頃は、自分を責める言葉ばかりでした。何日も子どものためにお経をあげるうちに、心の整理ができてきたのでしょうか。彼は少しずつ変わってきました。

「この子の親として、いつまでも悩まずに、前に進みたい。かっこよくなりたい」。

明るい表情でそう言ってくれたときは、本当にうれしくて……。彼と関わってきてよかったと、心から思いました。

今は亡き父の姿が浮かんで

Iは毎朝出かけるときに総戒名に向かって「行ってきます」、帰ってきたら「ただいま」と子どもに言っているそうです。いつも子どもを思い、愛情を注ぐIと接するうちに、自分の親の姿が頭に浮かんできました。

家族の前ではなぜか気恥ずかしくて、弱音を吐いたことのない自分。それでも大学院時代、人間関係に悩んだときに「やばい」と、今は亡き父にこぼしたことがありました。すると次の日の早朝から、父がいつもより多く水をかぶって修行する様子が私の部屋まで聞こえてきたんです。私を応援してくれているんだなと、勇気が湧いてきたのを思い出しました。

親の愛情は深いんだな。どんなときも自分のことを思ってくれていたんだな。そうIの姿を通して教えられました。

親にしてもらったように、自分も人を思って行動したい。これからもそんな気持ちで周りの人と接していきます。

*写真はイメージです。本文の登場人物と関係ありません