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2021.9.1

技も心も伝えたい

仲間がいる。努力が返ってくる。だから面白い!

 ビュッと空気を切り裂く音がする。「突き」、「蹴り」、一つひとつの技が鋭く、一連の動きは流れるように美しい。

 少林寺拳法は勝ち負けを競わず、心身を鍛えることに重きを置いた武道である。大会では演武の完成度を競う。龍田明奈さんは小学4年のときから少林寺拳法に打ち込み、高校ではインターハイ(全国高等学校総合体育大会)に出場。社会人となった今は道場で中学生に教えている。

 龍田さんが少林寺拳法を始めたきっかけは、両親の何気ない一言だった。

 ある日、地元にある道場のチラシを見て両親が「見学に行ってみる?」と言ってくれたんです。同い年の親せき・Aちゃんが通っていたことを思い出し、興味本位で行ってみました。そうしたら、あまりの迫力にびっくり! みんなが、大きな声を出しながら、突きや蹴りを繰り出していたんです。「かっこいい。私もやってみたい」と思い、入門しました。

週3回、Aちゃんと一緒に道場に通いました。練習が辛かったり、技がなかなか上手くできないときもありましたが、Aちゃんと励まし合いながら、少しずつ乗り越えてきました。以前よりも素早く突きや蹴りが出せたときは、一緒になって喜びました。  

昇級試験に合格して帯の色が白から緑、緑から茶色に変わったときも、本当にうれしかったです。一緒に頑張る仲間がいる。努力した分だけ目に見える結果が返ってくる。それがすごく楽しくて、中学生になっても、少林寺拳法を続けました。

「中学では、どうしても黒帯をとりたい」と、土日も道場に通いつめるほど、ますます少林寺拳法に打ち込んでいった龍田さん。高校は毎年インターハイに出場している強豪校にAさんと共に進学した。

練習が思った以上に厳しくて、筋トレひとつにしても、道場の倍以上。技のスピードをあげるために、手足に重りをつけて、突きや蹴りの練習をすることもありました。大会の前はビデオカメラの前で演武を一通りやってから映像をチェックして、自分の動きを修正していきます。地道な練習できついと思うこともありましたが、上達できたときはうれしくて、それまでの苦労が吹き飛ぶほどでした。もっと上達したくて、顧問に指導されたことをこなすだけでなく、何をすればより上達できるかを自分で考えて、練習に打ち込むようになったんです。  

技だけでなく、礼儀礼節を重んじることも、厳しく指導されました。大きな声で挨拶する、準備や後片付けを率先して行うのは当然のことでした。顧問に対し、「補習に行ってきます」と言って練習を抜けようとしたら、「その言い方はあかんで。行ってもいいですかってちゃんと聞くんやで」と、言葉遣いも一つひとつ、丁寧に教えていただきました。  

相手を敬い、人のために何ができるか考えて行動する。少林寺拳法が大切にしている精神はこれだったんだって身をもって感じました。

 高校で心身ともに鍛えた龍田さんは、1年のときに一人で行う単独演武でインターハイに出場。6人で行う団体演武では、「全国高等学校選抜大会」に出場し、全国2位となった。また、2年のときは団体演武でインターハイに出場し、全国2位の成績を収めた。


※普段は地元の会社に勤めている龍田さん。「挨拶やお礼をしっかり言うこと、何かあれば相談したり、報告すること。社会で必要なことは少林寺拳法で学びました」。

先輩たちが してくれたように、根気強く向き合っていこう

高校3年で引退した龍田さんは、卒業後、地元で就職。偶然にも、道場の師範と同じ職場だった。

昨年10月、師範に「教える人が足りなくて困っている」と聞きました。「じゃあ手伝いますよ」と軽い気持ちで、Aちゃんも誘って週に2回、道場で教えることになりました。

私が担当したのは、中学生の単独演武の指導でした。大会に出場すると聞いていたので、「上達できるように頑張って教えよう。高校時代も後輩に教えていたから、きっと大丈夫だ」と思っていたんです。  

でも、実際は違いました。一人ひとりの技のクセを見抜き、指導していくのですが、何を言っても返事一つ返ってこなかったんです。ちゃんと聞いているのかと不安になりました。挨拶もしない、自主練習の時間も指示があるまでボーっと立ったまま。そんなみんなの態度が気になりました。  

どうしたらいいのかなってAちゃんと帰り道で話し合ったり、教えている子たちが事故やケガがなく、みんなが仲良くできるようにお経をあげていく中で、高校時代の顧問や先輩の姿が頭に浮かびました。もっと大きな声で挨拶しよう、言葉遣いを丁寧にと、根気強く言い続けてくれた周りの人たちがいたからこそ、少しずつ成長できていたことに気づいたんです。社会人になった今、職場の人と仲良く仕事ができるのは、そんなみなさんのおかげだったと、感謝の気持ちが湧いてきました。

「顧問や先輩たちのように、私も中学生たちに根気強く技も礼儀礼節も教えて、将来に役立ててもらおう」。そう腹を決めて、相手がどんな反応をしようとひるまずに技の指導をしたり、挨拶しようねと呼びかけていきました。また、練習の合間に「さっきの突き、良かったで」「部活は何してるん?」と話しかけていきました。  

みんなの様子が少しずつ変わってきて、今は「こんばんは」「ありがとうございました」と挨拶してくれるようになったんです。指導したときも「はい」と小さな声ですが返事をしてくれるようにもなりました。少しずつ前に進んできて、すごくうれしいです。  

社会に役立つ人間を育てることを目的にしている少林寺拳法。そして、世のため、人のために行動する霊友会の教え。龍田さんはどちらも道場で生かそうとしている。

世の中を見ると、ひとりで悩んで不登校になったり、自殺する中高生がたくさんいます。道場に通っている子たちには悩みでも何でも話してもらって、元気になってほしい。そして、一緒に地元を良くする仲間になってほしい。道場で教えるようになってから、少しずつそう考えるようになりました。  

指導者としてまだスタートしたばかり。中学生のみんなと本音で話し合える関係を築けるように、これからも一人ひとりと向き合っていきます。


※龍田さんの母親、祖父母。いつも彼女を温かく見守っている