社会を学ぶ

 厚生労働省の発表によると、令和4年(2022)に自ら命を絶った小・中・高校生は514人にも上ります。学校や職場、家庭、友人関係……さまざまな悩みを抱える青少年が少なくない現代。家族や友達が壁にぶつかったとき、自分はどうすれば良いのでしょうか。そのヒントを探るべく、岐阜県と愛知県のMyおせっかい推進委員会が協力して「社会を学ぶサロン」を開催。岐阜県Myおせっかい推進委員長の柴田彩華さんの進行で、スクールカウンセラー(※)の田中智保美さんからお話を伺いました。

学校に通う生徒たちのカウンセリングを行い、心のケアをする人。

社会を学ぶサロン in 岐阜 9月24日

子どもたちが明るく過ごせる世の中をつくりたい


講師 田中智保美 スクールカウンセラー・公認心理師

|   まわりの人たちを笑顔で元気で幸せにしたい。

柴田 田中さんは私が通っていた高校で長年養護教諭をされていました。趣味の着付け教室で偶然再会したとき、今はスクールカウンセラーとして活躍されていることを知り、今回、こうしてお話を伺う機会をいただきました。田中さん、よろしくお願いいたします。

田中 保健室を訪れる多くの生徒たちに少しでも元気になってほしい。その思いで38年間、養護教諭として生徒たちと関わってきました。

 退職した後、着付け教室をするようになったのですが、コロナ禍になると暗いニュースや、かつての同僚たちの苦労話が耳に入るように……。まわりの人たちを笑顔で元気で幸せにしたい。そのために、もっと自分にできることがあるんじゃないか―。その思いから、公認心理師の資格を取り、スクールカウンセラーになったんです。

 実際にカウンセリングをしてみたら、こっちが相談に乗るプロだということで、生徒のみなさんが安心して私に心を開いてくれることに気がつきました。「誰にも相談できなかった悩みがここだから話せた」という生徒たちを目の当たりにし、大切な役割を担っていると日々感じています。

|   スクールカウンセラーとして生徒たちに伝えている大切なこと

柴田 いろんな生徒が相談に来ると思いますが、どのようなアドバイスをしているのですか。

田中 一人ひとり抱えている悩みは違うので、それに対するアドバイスはさまざまですが……。彼らがより良く人生を生きていけるように、共通して伝えていることが3つあります。

 1つ目は、「自分を大切にしよう」ということです。友達に嫌われないためにあれをしない、好かれるためにこれをする。そういう考え方はやめて、これが好き、嫌い。これをしたい、これはしたくない。そういう気持ちを素直に出せるということが、本当に自分を大切にすることだと伝えています。

 2つ目は、「悩みが成長のチャンスでもある」ということです。試合で勝てないとかテストで良い点数が取れないといった悩みは、目標達成に向けた原動力にもなる。生徒の中には「悩みがなければ幸せ」と言う子もいますが、「悩みがあることは悪いことばかりではないよ」と話すようにしています。

 3つ目は、「信頼できる大人に相談しよう」ということです。生徒に、「今朝学校に来るまでに良かったことと嫌だったことを5つずつ挙げてみて」と言うと、嫌だったことばかり出てくるんです。そのようなネガティブ思考の中で、自分で自分を励まして前向きに気持ちを保とうとしても、なかなかできることではないんです。ところが、人から背中を押されたり、励まされたりすると元気が湧いてきませんか。だから1人で思い悩まずに誰かに相談することが大切なんです。

 生徒にとって一番身近な大人は親ですが、中には「親に相談しても分かってもらえなかった」、「心配をかけたくない」という子もいます。親に限らず、分かってもらえないとあきらめず、少なくても3人に相談しようと伝えています。

 そして、友達が悩んでいたら相談にのってあげようとも言っています。もし、「誰にも言わないでほしい」と言われたときは、「一緒に相談できる人を探そう」と言ってあげようと話しています。

柴田 私が高校生のとき、担任にも学年主任にも、「そんなのよくあることだ」と真剣に聞いてもらえなかった悩みがありました。でも、田中さんに話したとき、優しい言葉をかけてくれて、共感してくれて、すごく気持ちが楽になったんです。ときには「教室に戻りなさい」と背中を押してくれたことも……。田中さんとの出会いがあったから、今の私がいます。私たちも、身近に悩んでいる人がいたら、真剣に話を聞いてあげられる自分でありたいですね。

田中さんの自身の経験を基にした講演を、参加者は真剣に聞き入った

|   子どもたちのために私たちが意識すべきことって?

柴田 子どもたちと接する中で、私たち大人が心がけたいことはどのようなことがあるのでしょうか。

田中 1つは、子どもの「自尊感情」を育むということです。「自尊感情」とは、学歴や周囲の評価といった根拠の有無に関わらず、自分のことを信じられる力のことで、スクールカウンセラーが重視する感情です。

 「自尊感情」は成長の過程で親など養育者からたくさんの愛情を受けることで育まれます。また、友達や仲間と楽しいことや嬉しいことを共感することでも成長します。例えば、文化祭で同級生と一緒に準備に取り組んだり、運動会で勝利を分かち合ったりすること。職場の同僚とお酒を飲みながら、仕事の話をすることも有効なんです。

 ポイントは、「自尊感情」は1人では育むことができず、長い年月がかかって育まれるものだということ。子育てにおいては、たくさんの愛情を注ぐこと。友人関係では、互いに共感し合うことが大切なんです。

 もう1つは、子どもの問題をどうにかしようと思ったとき、変わらなければならないのは親自身かもしれないということです。

 ある高校生がこんなことを言っていました。「うちの親、一流大学を出ているんだけど、夫婦仲が悪くて、家庭内の空気が良くない。こんな生活になるのなら、ぼくは良い大学になんて行きたくない」と。まだ社会経験が乏しい彼らは、身近にあるほんの一例を見て、それがすべてだと受けとめてしまいがち。親の考え方や普段の姿が、子どもの人生に大きな影響を与えます。

 例えば、「学校に行きたくない」と言う子どもがいたら、多くの親御さんはなんとか学校に行かせようと努力するでしょう。早起きしてお弁当をつくったり、車で送ったり……。でも、それを続けるうちにしんどくなり、家庭内が険悪なムードになったら本末転倒です。

 学校に行く行かないで、その後の人生が決まってしまう。そう考える人もいるかもしれません。でも、学校に行きたくないのは、本人にもどうしようもない理由があるのかもしれない。それなのに、親の思う一般論や常識を押しつけてしまっては、そのうち子どもは何もしゃべらなくなってしまいます。

 その子の本当の気持ちや思いをしっかりと聞いてあげること。そして親自身が、日常生活を明るく前向きに、生き生きと過ごすこと。それが子どもにとって、希望を見出すことにつながるのではないでしょうか。

柴田 実は私も、長男が不登校になり悩んだ時期がありました。いろんな方法で学校に行かせようとするんですが、子どもは行きたくないと。結局、お互いにしんどくなって、親子関係がギクシャクしてしまったんです。

 でも、学校に行かないことは悪いことじゃないって思えたら、スッと気持ちが軽くなって、長男の思いを受けとめられるようになったんです。今は、長男にとってより良い未来を一緒に考え、つくっていきたいと思っています。

 みなさんも、今日学んだことを身のまわりにいる子どもや、その親御さんと接する際の参考にしていただき、みんなが支え合い、思い合い、子どもたちが明るく過ごせる世の中をつくっていきましょう。

講演後には質疑応答が行われた

|   学校に行けない子どもたちが増えている

 令和4年、不登校となっている児童・生徒は小学校105112 人(全体の1.7%)、中学校193936人(全体の6%)と過去最多となり、高校でも6575人(全体の2%)と急激に増加している。こうした現状を踏まえ、国ではスクールカウンセラーの増員など教育相談支援体制の充実を図っているが、私たちにもできることがあるはずだ。今こそ身のまわりの子どもたちの声に、もっと真剣に耳を傾けてみよう。

引用:文部科学省発行 令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要

 

参加者の声

 私は高校生になったとき、小中学校からの友達とクラスが別々になってしまいました。まわりは同じ中学校の出身者同士でグループができていて、気がつけば自分だけ1人に……。学校、楽しくないな。行くの嫌だな。そう悩む日々が続きました。そのとき手を差し伸べてくれたのが同じ学校に通う2つ上の姉。「しんどくなったらいつでも来なよ」って言ってくれて、休み時間、姉に会いに来た私をいつも明るく受け入れてくれたんです。2年生からは同じ中学校の友達や部活の友達と一緒になれたんですけど、あのとき姉の助けがなかったら学校に行けなくなって、楽しい高校生活も味わえなかったかもしれません。私もまわりの人たちをほっとかない自分になれるよう頑張ります。 (30代・女性)

=================================================================

 私は長男との関係に悩んでいます。顔を合わせては言い争いばかりで、今ではほとんど口を聞いてくれません。この講演を聞いて、長男に自分の思う一般論や常識を押しつけ、命令・抑圧してきたことに気がつきました。振り返ってみれば、私自身、学生時代から他人とのコミュニケーションが得意ではなく、何度も人間関係に悩まされ、そのたびに先輩や上司に話を聞いてもらってきました。まわりの支えがあったからこそ、不登校や引きこもりになることなく、今日を迎えられているのだと思います。それなのに、なぜ、自分は長男の話をきちんと聞き、受け入れることができていなかったのか―。息子との関係を修復するのには時間が掛かると思いますが、自分自身の意識を変え、家族の幸せを目指して、長男とじっくり話をしてみようと思います。 (40代・男性)